【まじ充実】メルボルンで6年間デザイン留学した僕の感想 

《 英語・留学 》
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「ぶっちゃけ留学してみて、どうだったの?」

という率直な意見を聞きたい人はぜひ!

 

5年間メルボルンでデザイン学生をしてみて、

その当時、感じていたことを

僕の経験と共に率直に書いていきます!

 

HIRO
HIRO

これからメルボルンでデザイン留学を考えている人の参考になれば嬉しいなー

 

 

1.僕について

メルボルンでのデザイン留学は
かなり充実していました!
メルボルンを選んでよかったーー、
って卒業時に心の底から思うことができました。

 

ぼくが経験した留学の流れを簡単に説明↓

 

    1. 語学学校卒(ニューカッスル大学@NSW州)
    2. RMIT大学ファンデーションコース卒
    3. RMIT大学デザイン学部卒
    4. ランドスケープアーキテクチャー修士卒

 

日本の高校を卒業し、18歳でスネカジリ留学を決意。語学学校ファンデーションコースをへてRMIT大学(メルボルン工科大学)でランドスケープアーキテクチャーの修士を取得。現在はオーストラリアの永住権取得、メルボルンでフリーランスデザイナーとして活動中。
では僕の留学での実体験と感想を述べていきますね。

2.「デザイン留学する場所」としてのメルボルン

メルボルンで留学をしてみて感じた事は、

デザイン学生にはマジでおすすめだよ!

 

理由は、

    • デザイン文化が根強い
    • チャンスが他州より多い

 

+デザイン文化

 

  • たくさんのデザイナーが生活している
  • カフェでアーティストの絵が飾り売りしてる
  • デザイナーズ/アーティストマーケットがたくさんある
  • 小さいギャラリーや個展もたくさん
  • アートやデザインのイベントが多い
  • 道端でたくさんのアーティストを目にする

 

こんな日常のメルボルンでは、

街の中を移動しているだけでも

デザインやアートに触れる機会があり、

クリエイティブな刺激を簡単に

たくさん受けることができる街です。

 

あと、メルボルンの住人はデザイン性の高いもの、

アーティスティックなものを好むひとが多い。

 

メルボルンのデザイナーやアーティストの地位を確立する大きな要因となっています。

 

課題のアイデアに行き詰まったりしたら、しょっちゅう街中をウロウロしてました。

公園いったり、美術館いったり。

メルボルンはクリエイティビティーを刺激してくれる街でした。

 

+デザイン系就職のチャンス

デザイン学生が必ず通るインターンという道、

メルボルンはデザインオフィスの絶対数が他州より多いので学生にとってもチャンスが増えます

 

NSW州のニューカッスルで語学学校に通っていたのですが、そこの建築学生はシドニーまでインターンのために通っていた(ニューカッスルから約3時間くらい)小さい街では就職の機会を得るのが難しいデメリットがある。

 

そういった面でメルボルンはとても有利

僕自身、学生の間に2か所でインターンを経験することができました。

 

 

3.大学に入学する前は?

来たばかりの頃は、毎日新鮮な気持ちでウキウキでした。

少し英語に慣れてくると、学校も学校以外の時間も生活に余裕がでてきて一番楽しい時期でした。

入学前は語学学校に約半年、ファンデーションコースに約6カ月通いました。

授業は大学より多く、週5でしたが、

課題が少ない分遊ぶ時間もたくさんありました。

この頃は「遊ぶのが勉強」というか、

部屋からでて街に出掛けたほうが英語を使う機会が増えるので、

 

HIRO
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ほとんど家にはいなかったなぁ。

 

一番たくさん友達ができるこの時期。

クラスが数カ月単位で変わるのでいろんな国の友達との出会いがあり

一生の財産になりました。

 

+大学入学の基準

大学入学基準はさほど厳しくないです。

僕の場合は、大学付属のファンデーションコースからの大学入学でした。

ファンデーションでの成績が75%以上が入学条件

 

それなりに入学のためにがんばったけど、

日本の大学入試などにくらべると全然楽でした。

課題をきちんとこなせば、なんとかなるレベル。

 

+ファンデーションの入学基準

大学によって少し違いますが、

高校の成績平均&語学学校のアカデミックコース卒業資格

RMITの場合、高校の成績平均がGPA2.5以上でした。

 

HIRO
HIRO

ちなみに僕はギリギリでしたけどね。笑

語学学校のアカデミックコース卒業は、あまり英語に自信がない人でも

6カ月間きちんと現地で勉強すれば卒業できるレベルです。

+ファンデーション卒業時の英語力

  • 英語での授業にはだいぶ慣れた
  • 先生や学生(ノンネイティブ)の話は70~80%は理解できていた、はず。
  • 英語でメモを取りながら授業が聞けるようになった
  • 課題は調べながら、やらなければいけない事を理解できる
  • エッセイ(論文)はかなり苦労、書くのがかなり苦手。汗
  • プレゼンなど人前での発表では「伝えたいことが伝わっている」と実感ができなかった

 

4.大学入学後は?

ファンデーションを卒業し、いよいよ大学入学

自分の無力さを感じました。

入学しちゃったけど今から大丈夫なのか本当に不安で、

大学1年生が6年間の留学の中で2番目に大変でした。

(1番大変だったのは大学卒業の年)

理由は:

1.授業がさっぱりわかりませんでした。

2.課題も「えっと?、、何すればいいの?」

3.課題をみんなの前でプレゼン「Ah…」って感じでした。

 

でも、

授業も課題の内容も自分が興味のある事を専攻していたからめちゃくちゃ面白かったのがせめてもの救い。でも【わからなすぎた】

課題やりながら、わからない英語も調べないといけないし、周りの学生の3倍くらい時間かけて課題やってました。

 

大学の授業内容は主に、

講義(レクチャー)と授業(チュートリアル)でした。

+講義(レクチャー)

講義の内容はさっぱり。

「先生!早すぎてついていけません。」状態。

わからん単語もたくさんだったし、さすが大学って感じ、、、

おそらく1年生の時に受けた講義は20%も理解できてなかった。

でも講義の内容は後からパソコン上で見直すことができたので、なんとかなっていました。汗

+授業(チュートリアル)

授業では、先生の話してる内容はなんとなくわかりました。

学生同士(ネイティブ)の会話が理解できないことが多々。

授業中に課題がプリントで配られるけど、

「何をしないといけないのか」理解するのに数時間かかるのが普通でした。

ひどい時は丸一日かかったり、

授業後しょっちゅう先生のところに「何すればいいのか?」聞きに行っていました。

 

5.大学在学中の感想

大学の雰囲気や授業にも慣れてきたけど、

やはり多すぎる課題の量

日々ずーーっと課題のことばっかり考えて暮らしていて、

勉強は楽しかったけど、

締め切りや点数などの結果のストレスを感じることも多かった。

+大学の仕組み

オーストラリアの大学は、

1年2学期のセメスター制で、

中間と期末に大きな試験や課題の提出があります。

+単位

1学期に3教科の必修科目、

1年間に6科目を勉強します。

すべて必修単位なので、1教科でも落としてしまえば、

次の学年に進級できません

 

もし落としてしまえば、サマースクール(夏期講座)年末の長期休暇の間に再履修して単位を取り直すことができれば進級できます。

 

再び落としたり、1学期に2科目以上落としたりしていると

大学から手紙が届いて、退学になってしまいます。

だから、ひとつひとつの課題で確実に点数を取っておくのに

みんな必死です。

 

ちなみに50%下回ればFAIL(不合格)

 

6.大学院在学中の感想

ひたすら課題漬け!

ほんとに好きで自分の興味がある分野じゃなければ

途中でリタイアしてしていただただろうな。

 

HIRO
HIRO

今思い返しても、ずっと課題してたことしか覚えてないなー

 

+大学院の授業

僕のコースは卒業年は

必修科目、1教科のみ。

卒業できるかどうかは

  • 論文提出
  • 最後のプレゼン

だけでした。

 

授業は基本的に週1回

  • 先生に進行状況の報告
  • アドバイスを貰う

だけでした。

 

これがほんとに大変で、

日々の積み重ねが大事なんですが、

過程報告の前日は鬼の追い込み作業

を毎週やる羽目に。。。

 

7.大変だったけど、留学してよかった事

1.挑戦することが当たり前になった
18歳でオーストラリアにきて、
英語が喋れず、学校の入学手続きや住む場所の手配など、
なんでもかんでもできないけど、しないといけない状況】
新しいことに挑戦するということが当たり前になった。抵抗がなくなった。
毎日が挑戦だらけで、コーヒー1杯買うのですらビビッてた、あの頃が懐かしい。
2.勉強することが好きになった
高校生の僕は、まじで勉強が大嫌いでした。
嫌いというか【勉強をする目的=大学入試】だったので、
絶対に行きたい大学、やりたい勉強がなかった僕は、
本気で勉強したいと思わなかった。
オーストラリアに来て、
自分が好きな事を大学で勉強できることになり、
勉強することが好きになった。
3.英語が使えるようになった
英語でコミュニケーションが取れるようになって、
日本の常識にとらわれなくなった。
いろんな国に友達ができて、いろんな考えがある事を知った。
情報量が増えた。
4.少し自分に自信がついた

オーストラリアに来る前は、

自分が英語を喋れるようになる未来なんて想像できなかった

大学卒業(それを目的に来たけど)できるとも思ってなかった。

自分にあまり自信がなかった。

今では「できる/できない」ではなく、「やったか/やらなかったか」の違いだと気が付くことができた。自分でもやればできるんだと気が付くことができた。

 

人って追い込まれた状況になれば案外なんでもできるものですね。

 

8.留学して少し後悔した事

日本の家族(友達)が遠くなった
僕がオーストラリアに来たばかりの頃、この国ではまだ電話線につなげるインターネットがメジャーでした。
今のようにLINEやFACEBOOKで簡単に日本と連絡が取れるような便利な世の中ではなかった。
祖父の葬儀に参加できなかったこと、家族や親せきの集まりに気軽に行けないのは完全にデメリット。
はやくどこでもドアを誰か開発してください。切実
日本でも大学生をしてみたかった
サークルとか、飲み会とか合コンとかいうものをしてみたかったw
日本の楽しそうなキャンパスライフみたいなものを経験してみたかった。
僕のキャンパスライフは課題と精神との闘いでした。
成人式にも帰れなかったし、同窓会にも参加できたことがない。
日本語が乏しい
日本社会から離れて生活をしていると、
ネイティブのように完璧な英語が話せないうえ、
日本語がだんだん弱くなってしまう。
漢字が書けなくなる。(頭の中で形はイメージはできるけど、手が動かないんですよ…)
僕の漢字力、おそらく小学生低学年レベル。
単語が出て来なくなる。(これも何故か、言いたいことはわかっているのに単語が出て来ない…)
日本で社会復帰のハードルが高い
オーストラリア社会になれてしまうと。
日本の縦社会や、空気を読む文化、働き方など、
日本が堅苦しそうで、ネガティブな面ばかり見えてしまい、
戻る気が失せてしまうし、適応できるか非常に不安。

まとめ

  • 大学に入学してからは課題が本当に大変
  • 基本的に必修科目のみの履修
  • 単位を一つでも落としたら進級できなくなる
  • 課題で点数とるのに必死
  • 好きな事を専攻しないとただの地獄

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