【夫プロフィール】ヨシナガ家の家主 ヒロシと申します。

《よしなが家の日常》
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HIRO
HIRO

どーも、

よしなが家の家主ひろしです。

このしょうもないブログ誰が書いてんだよ!

と思われた方もいらっしゃると思うので、

今日は僕の個人情報を少しだけ、

暴露しちゃいます。

 

1.はじめに

世界一住みやすいと言われた街メルボルンの郊外で

家族4人暮らしをしています。(2020年6月)

2018年に永住権を取得するまでに三百万以上をビザ代に費やしました。

学生ビザ、卒業生ビザ、スポンサービザ、永住権と

毎回、なんでこんな大金払ってんだろ?と疑問に思いながらも、

1カ月先がどうなっているかわからない不安定な生活

から抜け出すため、必死に働きました。

 

そして2018年ついに得た永住権

初めて独りでオーストラリアの地に立った

あの日から12年がたっていました。

 

今では子供二人、家族4人でオーストラリアならではの

スローライフを送っています。

 

2.スネカジリ留学

18歳までは佐賀県のド田舎で育ち、

それはそれは特に何もない、

ど田舎ライフ

過ごしていたのですが、

高校卒業とともにスネカジリ留学を強行。

 

地元からまともに出た事もなかった

がばい・いなかっぺはオーストラリアへと

海を渡りました。

 

初の長時間フライトに耳をやられ

(耳抜きできなかっただけ)

一生耳が聞こえなくなるのではないか?

と、波乱万丈のオージーライフの幕開けでした。

 

+言葉の壁

僕の地元には駅前留学というシャレたものはなく、

センター試験英語40点(200点満点)

のスコアを持つ僕は

英語なんてしゃべれるはずもなく、

まさにトラブルばかりでした。

 

英語でのコミュニケーションがうまくいかず、

ホームステイ先では嘘つき呼ばわりされ、

3か月で追い出されました。

 

オーストラリアで出会った日本人には言葉が通じず、

はじめて自分が方言を喋っていることに気が付きました。

NAE
NAE

え。笑

HIRO
HIRO

これ、まじ。

 

+勉強漬けの大学生活

  • 何もできない
  • だれも知らない
  • 自分でやるしかない

不自由しかない環境に身をおくことで、

今まで何もかも誰かが(親や家族)が

僕のためにやってくれていた事に

初めて気が付きました。

 

「絶対に留年できない」という

スネカジリ留学生なりの決意で、

語学学校に入学してから

大学院を卒業するまでとにかく勉強。

 

課題提出に間に合わすため

丸々2日間論文を書き続け、

豚インフルエンザにかかり

死にかけたこともありました。

 

たいへんな中にも楽しみをみつけ、

課題漬けの充実した大学生活をおくり、

無事ストレートで卒業することができました。

 

3.大学を卒業後

留学仲間が日本に帰って就職という道を選ぶ中、

根拠のない自信が長所の僕は

「俺にはできる。」

大学を卒業後オーストラリアに残ることを決意。

 

メルボルンでランドスケープガーデナー(庭師)

として約7年間勤務。

 

現在(2020年)は庭師という肩書きと

大学で勉強したランドスケープアーキテクチャー(景観設計学)を活かし、

庭師として今は庭をデザインしたり作ったり

を本業としています。

 

4.運命的な出会い

ワーホリで来たばかりのナエと

バイト先の日本食レストランで出会う。

NAE
NAE

ふつーーー。笑

大学を卒業したばかりで、仕事もお金もない僕と、

貯金無しでワーホリに来たナエは、

貧乏デートを繰り返すうちに、

 

オーストラリア’のゆったりとしたライフスタイル

家族の時間を大事にする風潮が気に入り、

 

いつか自分たちも、

「ここで家族として暮らしたい」

という共通の思いがうまれました。

 

5.これから

今よしなが家は

「場所にとらわれない生き方」を目指すべく、

このブログに挑戦中です。

 

近い未来、働き方の改革

世界経済の不安、

自然災害などに左右されず

 

自分で仕事を作り、

世界中どこにいても生活できるすべを身に着ける

という思いで生活しています。

 

僕たちの海外(オーストラリア)での生活情報が

少しでも同じ境遇の人の役に立てば

と思っています。

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