【妻プロフィール】ヨシナガ家 裏家主のナエと申します      

《よしなが家の日常》
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『海外生活』と聞くとどんなことを想像しますか?

 

長女
長女

「こわそう」

次女
次女

「英語喋れないし絶対無理」

HIRO
HIRO

「お金めっちゃかかりそう」

次女
次女

「地元最高!」

 

 

海外で生活をするって遠い存在

自分とは関係のない言葉に感じませんか?

 

今でこそ留学やワーホリがそこそこ身近なものになっていますが、

私が20代前半だったころは、あまり浸透していませんでした。

 

NAE
NAE

こんにちは。オーストラリアで幼稚園教諭。

メルボルン在住のナエです。

 

私もワーホリでオーストラリアに来るまでは

自称:海外旅行ダイスキ!な普通の社会人でした。

 

今回はその私が

【就職】【結婚】【出産】という人生のビッグイベントを

すべて海外で経験してしまった

ちょっと珍しい!?プロフィールを暴露します。

 

・これから目指すもの

 

私たちは2018年に永住権を取得して、

 

2016年と2019年にメルボルンで出産し、

 

 

今では自分のダイスキなお仕事である

保育の仕事も続けることができています。

 

そんな私たちはいま新しい家族の形に向かって挑戦中なのです。

それは、

働く場所や時間にとらわれず
家族が一緒に過ごせる時間
をできるだけ多くもつこと

 

先輩ママパパに子育てのはなしを聞くと、

必ずでるのがこの言葉

 

「あっという間におおきくなるよ」

「子育てなんて一瞬だよ」

 

だったらその限られた時間をできるだけ夫婦で見守りたい

一緒に子育てをしていきたい

 

基本ワンオペ
子どもには平日会えないから週末だけ遊びに来るおじさんだと思われている
子どもに人見知りされる

 

そんな生活は絶対に耐えられない

 

そしてもうひとつ。

世界恐慌、新型ウイルスなど

これからの世界はどうなっていくか未知でしかありませんよね。

 

そんな時どこかに属して働いている状況ではなく

自分たちで世界中どこにいても
ご飯が食べられる
状況にすること

 

この大きな2本の柱を目指して

今日も娘たちが寝た後の8時から夫婦で執筆活動に励んでおります。

 

・昭和生まれ

 

ではちょっとヨシナガ家にふれたトコロで

本題の妻ナエのプロフィールに入りましょう

 

長女
長女

いってみよ~う

 

大阪生まれ大阪育ち

両親も大阪出身なので田舎なんていうものはなく、

友だちが夏休みに

「田舎のおばあちゃん家に行く~」

と言っているのを羨ましく聞いてきたものです。

 

何も不自由のない家庭に生まれ、

愛され、

大きな怪我の多い活発な幼少期を過ごしました。

 

毎年家族旅行に行き

記念日には外食をし

誕生日にはホールケーキのロウソクの火を消して

この頃から脳内は常にお花畑な感じで、

フワフワしておりましたね。

 

「なえの家族ってマンガに書いたみたいやな」

友だちからはこう言われたりもしていました。

 

(そんなTHE仲良しファミリーは

表面だけだったようで両親は熟年離婚しています。)

 

高校生の時は『恋愛』『友情』がすべてでした。

あまりにも純粋すぎて!?

友だちからの(愛のある)イジリに本気で悩んだこともありました。

 

そんな私には13歳離れた妹がいます。

生まれた時からかわいくて仕方なったのですが、

姉というより、チビママという感じでしょうか。

 

「お姉ちゃんはいっつもお母さんの味方する!」って

思春期になった妹に言われて反省したものです…。

 

そんな妹が小さかった頃は両親に代わって

保育園の送り迎えをよくしていました。

 

もともと小さい子が大好きだったのですが、

保育園で妹の友だちを見るだけで癒されていました。

 

この頃から将来の夢は保育士の一択でしたね。

 

迷うことなく保育系の四年制大学に決め、

指定校推薦という楽な道を選び進学

 

指定校推薦が決まったのは9月頃。

みんながセンターだの、

追い込みだの、と言っている間も

バイトに恋愛に…と遊びほうけていました。

 

NAE
NAE

もうちょっと勉強がんばって

レベルの高い大学に

行っても良かったのかも!?

 

どうやったらラクに楽しく過ごせるのかって

ずっと考えていましたね。

よく言えば世渡り上手ってことでしょうか。

 

ちなみに保育系なのに四年制を選んだ理由も

(短大で)たった二年後に卒業して働くなんてイヤ!

ドラマとかで良く見るキャンパスライフを送りたい!!

という不純すぎるものでした。

 

・はじめて没頭することを見つけた大学生時代

 

友だちの紹介で

参加することになったサークル(のようなもの)

 

これに思いっきりハマり、

学生時代の4年間は寝ても起きてもこのことばっかり考えていました。

 

市が運営するキャンプカウンセラーというやつなのですが、

小学生をキャンプに連れて行ったり

子ども会のイベントにゲームや飯ごう炊飯などをしに行ったりする

【遊んでくれるお兄さん・お姉さん】みたいな活動をしていました。

 

今思い返すとよくあんなことを

ほぼ無償で)出来ていたな~と感心します。

 

たったひとつのキャンプに何時間ものミーティングや実験を重ね、

夏休みになると家にいる時間より、

仲間たちと過ごす時間の方が圧倒的に長かったですね。

 

午前様に帰ってきたと思ったら、数時間仮眠してまた出ていく…

 

そして洗濯機には灰と炭でよごれた服がこんもり!!!

 

NAE
NAE

おかあさん、本当にありがとう!!!

同じことを娘に…できるかな。。。

 

今まで習い事とか部活とか長続きしたことがなかったんですよね。

この活動だけが4年間一生懸命がんばった

やり切ったと胸を張って言える初めての体験になりました。

 

もちろん学生らしい遊びもたっくさんしました。

本当に悔いのない学生時代

 

NAE
NAE

だけど、あの頃に戻りたいとは

思わないのはなぜでしょう~

 

・女社会にもまれた社会人時代

 

就職先もトントン拍子で見つかり、

晴れて保育士として働く日々が始まりました。

 

子どもたちは可愛くて可愛くて、

毎日絶好調だったのですが、

楽しいだけでは務まらないのが【働く】ということですよね。

 

みなさんご存知の通り、安月給に重労働

持ち帰りの仕事は多いのに休みは少ない

 

それだけだったらまだ

子どもの可愛さのほうが勝っていたのですが

そこに重くのしかかる女社会制度。

 

学生時代の経験がいろいろと

私をレベルアップさせてしまったので、

仕事ができる方だったんですよね。(←自分で言う

 

それにちょっと天狗になっていた自分もいました。

子どもには好かれて

保護者からも信頼されて

雑用もばっちり!ってね。

 

お蔭で同じクラスの先生には太鼓判をおしてもらえましたが、

他のクラスの先生からの標的になってしまいました。

 

プラスアルファで、

毎月子どもたちからいろんな種類の菌をもらい、嘔吐の連続

しんどくても休めない

14年一緒に過ごした愛犬の死

両親の離婚

 

次女
次女

…詰んでるね~

 

そんな時にバクゼンと考えたわけですよ。

「私の人生このまま仕事を続けて

結婚して子育てをして

年をとっていくんだな~」と。

 

するともうひとりの私が声をあげました。

「そんなんでいいのか!

海外に行きたいんじゃなかったのか

このままだと年老いた時に絶対後悔する!!」と。

 

そう。私はずっと海外生活にあこがれをもっていました。

旅行も好きで時間を見つけてはいろんなところに行っていました。

 

やらずに後悔よりやって後悔

 

憧れを憧れのままで終わらせるのは嫌だ。

やってみよう。今ならできる。

 

そう決意し、3月に辞職

8月にオーストラリアに渡りました。

 

・運命を変えたワーホリライフ

 

なんせ【貯金】というものがなく常にカツカツでした。

毎晩残金とにらめあいっこでしたね。

 

思った以上に物価の高さ

語学学校で出会った友だちと

遊びまわる回数の多さにビックリして、

メルボルンに来て一週間後には仕事を探さないとヤバい状況でした。

 

長女
長女

どっひゃ~!!

 

こういうところに自分はつくづく縁があるな~と思うのですが、

応募を始めて二件目(メルボルンに来て二週間目!)

の日本食レストランにて仕事が決まったのです。

 

本当に英語力がなかったので、

ウェイトレスで大丈夫ですか?

って私からオーナー(日本人)に聞いたくらいです。汗笑

 

「やる気があれば大丈夫!」

と神返事が返ってきたのです。

 

そこのスタッフは日本人よりマレーシア人の方が多くて

ここで英語がめっちゃ伸びました!!!

 

そしてその後の運命を大きく変える

ヒロシにもここで出会いました。

 

ワーホリの一年間はただただ楽しくて

自分の世界観がガラリと変わり

今までどんなに狭い世界で生活していたんだろうと実感しました。

 

THEワーホリライフを満喫しつつ、

ヒロシとの将来も真剣に考えだして…

 

NAE
NAE

一年海外生活味わったら帰ってくるわ!

 

という両親を納得させるための言葉まったくのウソになり

もうすぐでメルボルン歴8年になります。

 

・さいごに

 

日本にいた頃はまさか自分が海外で子育てをするなんて

1ミリも思っていませんでした。

だけどあの時、

やってみよう!行動してみよう!と決めて、

オーストラリアに来て本当によかったと心から思っています

 

ビザ仕事外国人として生きること

悩むこと考えさせられること

まだまだたくさんあります

 

私が今までたくさんの人のブログに助けられたように、

私たちの経験や知識をシェアし、

一歩進みだす勇気

知らなかったことを知ることができたり

海外でがむしゃらに生活している

日本人家族

おもしろく見て行ってもらえたら嬉しいです。

 

家族
家族

最後まで読んで下さり

ありがとうございました。

 

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